趣味はオカルト研究

趣味はオカルト研究

私は子どものころからオカルト的な話が大好きでして、かなりそれに影響されて育ったと思います。オカルトに興味を持った理由は、ノストラダムスの大予言でした。1999年7月に人類滅亡するというやつです。

このノストラダムスの大予言は、私の家ではかなり話題になっていました。ことあるたびに「あともうちょっとで死んじゃうねぇ」なんて母も父も言っていましたから。当然笑いながら冗談で言っていたのですが、子どもだった私は結構それを間に受けていました。

本当に1999年に、全ては終わってしまうと信じていました。それに関する本は当時大量に発売されており、私も少ないお小遣いをはたいて何冊も買って読み耽ったものです。

もう、どうにかして滅亡を回避する方法は無いのかと暗中模索しました。でも、そんなことを可能とする情報はなく、ものすごく落ち込みへこんだものです。

小学生時代に友だちにも、「後何年かで人類終わるんだぜ!」って話を広げてしまったこともありました。そしたら担任の先生に呼び出されて「あれは嘘ですからね」と注意を受けてしまいました。でも私は嘘だといわれても信じられず「どうして嘘って言い切れるんですか!」と食ってかかったことがありました。先生も呆れてましたね(笑)

そしていざ1999年が訪れたのは私が中学1年生の時でした。もう7月は気が気では無く、そわそわして過ごしていました。中学生に入り、なんだかんだで「どうせ滅亡しないよな~」と思うようになっていたのですが、やはり心配ではありました。

でも結局予言は外れて終わりました。

ノストラダムスの大予言は外れましたが、この人騒がせな予言が切欠で私はオカルトに興味を持ってしまい、ちょっとずれた人間にはなってしまいました(笑) UFOやUMA、超常現象。手当たり次第に色々調べたものです。

中学生の時は、勝手に不思議研究部なるものをつくって放課後に同じくオカルトが好きな人たちと話をしたものです。当時はパソコンを持ってる友だちはおらず、情報はかなり限られていました。なので、それぞれが調べて持ち寄った話を聞くだけでも私の心は大いに刺激されました。

このように、昔オカルトに触れて育ってしまったため、今では「趣味はオカルト研究です」と人に言うまでなってしまいました。

ホワイトキー

一杯のかけラーメン

3年間ほど、割と小説に近い貧乏生活を送ったことがあります。世間をみれば同じレベルの人くらい結構いるものですが、それでも周りに話せば同情されるくらいです。

貧乏生活の最中はとにかく日々を生きていくことだけで精一杯で、その日のごはんをどうやって食べるか。それだけを考えて生きていたような気がします。

私には妹と弟がいて、貧乏時代は3人ともまだ学生だったので、私がしっかりしないといけないという気持ちだけが先行していました。

学生が揃ってアルバイトをしたところで、稼げる額などたかが知れています。高校生だった私は、いっそのこと学校を辞めて働こうかと思ったときがありました。

しかしこのご時世、中学卒業の学歴ではこの先必ず苦労するから高校までは出ておきなさい、と祖母に言われて学校に残ったのです。その言葉に本当に感謝しています。

一時、人事関連の仕事をしていましたが、中学卒業というだけで履歴書さえも見てもらえない人がやはりいるのです。

そんな学生時代の最中、食べ盛り3人が揃えばそれなりに食費がかかるのものです。お腹が膨れてくれれば、栄養のことなどは後回しでした。おかげでなぜか太りました。

やはり活躍するものといえば、インスタントラーメンでした。期限ギリギリのもやしをたくさん買って、それを具にしてラーメンを作ります。

ラーメンというよりもむしろもやしに麺が生えている、というような見た目でしたが、それを3人で争うように食べていたのを思い出します。

もやしの中に希少な麺ですから、いつも取り合いになっていました。たまにお給料日の後には3人分の麺を買ってきて、心行くまで食べることができました。

一杯のかけそばをコントにしたバラエティがやっていましたが、それを見ながら「2人で分けるならまだマシだよねえ」と兄弟で笑っていました。

その生活があったので、これからもう一回底を見ることがあってもきっと乗り越えられると信じることができます。

一杯のかけそばならぬ、一杯のかけラーメン。もとい、もやしとちょっと麺(笑)料理が得意な妹は、安い食材で色々な奇跡のメニューを考案してくれました。

私が担当するときはもやし麺。かわいそうですが、それもまた現実なのです。今、普通に料理をして食べていられることが本当にありがたいと思います。

夫の疲れた顔を見て、「よし!今日は君の大好きなとんかつにします!」と言ってあげられることが、本当に幸せなことだなと実感する日々です。